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7/15/2008 ヒマラヤの赤い蕎麦の種を蒔きました昨日、雑草を取り終えたので、赤い蕎麦の種を蒔きました。
無事育つように、神様に祈りながら終えることが出来ました。
今年も、フォトアルバムで様子を公開しますのでご覧下さい。
フォトアルバム、「ヒマラヤの赤い蕎麦の種を蒔きました」をご覧下さい。
7/13/2008 蛍と高原の夏空蛍を撮影することが出来ました。
高原の夏空と併せてご覧下さい。
フォトアルバムは、「蛍と高原の夏空」をご覧下さい。
夏の高下岳登山を開催します
期日 7月27日(日)
参加費 ¥3000(保険料・入浴料含)
集合 山の学校 8時45分
出発 9時
定員 10名
締め切り 7月25日(金)
申込 山の学校あそびの森
連絡先 0197-81-3232
所在地 沢内銀河高原ホテル敷地内 こちらをクリックして下さい
7/1/2008 14年目の、ちいさな野菜畑直売所より ちょっと市民に近く
八百屋より ちょっと農家に近く 量販店より ちょっと農業に近く 百貨店より ちょっと身近で そして、地域に無くてはならない存在。 人と人との関係をつなぎ、地域のコミュニティを大切にします。
人間が、生きていくための食糧を生み出す農業を大事にします。
小島 進さんは、このフレーズをモットーに13年間、新しき八百屋を実践してきた。
農家直販の自然食品を販売している「八百屋」さんである。
7月8日で14年目に突入との事を聞き、お祝いに馳せ参じた。
ちょうど、「いわて子どもの森」を主催する、吉成信夫さんも居合わせて談義が弾み盛り上がった。
6月25日のブログコメントで、いわての偉人の性格を紹介したが、小島さんもまた、「頑固一徹・義」の人と思える。
近くの方は、ぜひ訪れてほしい。
遠くの人は、一度訪ねてほしい「八百屋」です。
ちいさな野菜畑を紹介するページです⇒ http://zuppari.jp/modules/view_map/mypage.php?ID=1219
いわて子どもの森のHPです⇒ http://www.iwatekodomonomori.jp/
フォトアルバムは、「14年目の、ちいさな野菜畑」をご覧下さい。
6/29/2008 沢内銀河高原をサイクリング予定していたトレッキングが中止となったので、沢内銀河高原を自転車で巡ってきました。
あいにくの空模様でしたが、暑くもなく寒くもない、ちょうど良かったです。
フォトアルバム、「沢内銀河高原をサイクリング」をご覧下さい。
それから、ついでという訳ではないのですが、山の学校の面々を紹介します。
余計なことですが、私はカメラマンですので・・・。
6/16/2008 盛岡の風景、夕暮れの岩山を散策夕暮れの岩山を散策してきました。
フォトアルバム、「盛岡の風景、夕暮れの岩山を散策」を、ご覧下さい。
岩手・宮城内陸地震に伴いメールを送っていただきまして、ありがとうございます。
この場を借りて、御礼申し上げます。
6/7/2008 つれづれな思いーゴサインクンドの叫び(2000年5月の日記から)
ネパール・ヒマラヤにある108つの湖が点在するというヒンドゥ教の聖地ゴサインクンドを回り、首都カトマンドゥに戻るためにバスの始発地であるシャブルベンシに泊まったときの事である。
ロッヂで休んでいると、ガイドから一人旅の日本人が隣のロッヂで行方不明になったと話してきた。さらにアメリカ人のミッシングポスターを見ながら、ポリスたちの話によると、ガイドなしで来る旅行者は狙われている。彼らは殺されてしまったのだろうと言った。
それを聞いて、数年前にアンナプルナエリアのチョムロン村で行方不明になった一人旅の日本人女性の事件を思い出した。その女性はガイド料金のことで言い争いになりガイドと別れてしまい、一人で旅を続けていたときにチョムロン村で行方がわからなくなったのである。おそらく持っていた金目の物は取られてしまい殺されてしまったものと思われる。
なぜなら、彼女のものと思われる装飾品を村人が身に着けているという噂が広まっていたからだ。
そんなことを思い出しながら眠ったせいか、次の日の朝『私が何をしたというのだ!』という声が聞こえてきた。
怒り
私が何をしたというのだ
あなたが持っているものを見せて欲しいと思っただけさ
あなただけが良い思いをして見せびらかさないでおくれ
あなたは沢山持っているのだから一つくらい良いではないか
私の妻が、私の子供が欲しがっているじゃないか
私はちょっと見たかっただけなのに何をそんなに怒るのだ
私はこの家の主だ
私のプライドを傷つけたお前をゆるさない
神様もゆるしてくれるだろう
こうしてくれる!
お前は我々の敵だ!
喜び
私はうれしい
妻があんなに喜んでいる
子供もこんなに喜んでいる
我々の神は何て慈悲深いのだろう
こんな私をゆるしてくれる
これらは神様からの授かりものだ
みんなに話してあげよう
私たちだけが良い思いをしてはだめだ
私たちだけが良い思いをすれば、私たちが殺される
嘆き
ああ、なんということだ
妻が、子供が私を責める
あれが欲しい、これが欲しい、次は・・・
もういいではないか
そんなに欲しがってはだめだ
私は疲れた
もう無理だ
どうしたというのだ
どうして私を避ける
ああ、妻が去ってゆく、子供も行ってしまった
なぜなんだ
なぜこんなことになってしまったんだ
私が何か悪いことをしたというのか
神よ、あなたは慈悲深いはずだ
私に救いの手をさしのべてくれ
私を見捨てないでくれ!
私たちの社会は自ら作り出したシステムに翻弄され苦しんでいる。貨幣社会は封建社会から自由社会へと導いたが、ほんらい求めていた平等社会は、いまだにほど遠い。
マネーによる社会システムは新たな体制を作り出してしまい、人間の自由を損なってしまった。そして、後進国といわれる国々は物に溢れる私たちの世界を見て、憧れ、それが幸せの世界と夢みている。
どんなにすぐれた社会体制を作り出しても、そこに住む人間たちが自らの欲望を抑えなければ何の意味もない。先進国のもの社会のツケが世界の至る所に出てきている。
このままでいいのだろうか。未来を担う子供たちに伝えられる事は、尽きることのない人間たちの振る舞いの結末だけなのだろうか。何を伝えていったら良いのだろうかと考えてしまう。
私は、子供たちが自然に触れて自分たちの住む世界のことをよく考えるようになって欲しいと思っている。物にあふれる世界の中で、何が大切なのかを考えて欲しいと思っている。
そのために、自らの足で歩きそこで感じたことを子供たちに伝えながら、共に考え、共に歩く理想の社会を夢見てきた。
本当にこれで良いのだろうか、ここで感じたことは物に憑かれた悲惨な結末であった。
伝えることを失ってしまい理想だけが空回りしている、私であった。
2000年5月 ネパール、シャベル・ベンシにて記
6/4/2008 つれづれな思いーふるさとの山・川を考える(1991年1月の日記から)ある交流会場のことである。3人のパネリストが演壇の上で、この町のこれまでの歴史と、これからのあり方を語っていた。
その中で、彼らは過疎化する町を活性化するため『経済的豊かさが必要だ』そのためには『施設が必要である』と強調していた。
彼らの話を聞きながらハイゼンベルクの言葉を思い出していた。 部分と全体、複雑から単純、そして、その繰り返しの現世界。
極から分散、散らばりから集中。家族社会から世界全体への物理的現象。 我々の生態も含めて、生き物たちの世界は離合集散を繰り返している。
その中でカオスが生じコスモスが生まれる。
ギブソンが唱えたアフォーダンスン論とは違う道筋で出てきた。
ハイゼンベルクの唱えた素粒子の振る舞いから導かれた思いである。
彼らの言う地域作りに、なぜ、過疎だから地域活性が必要なのか? なぜ、開発行為が必要なのか?
彼らの言う『まほろば』の意味が、『おだやか』と言うのであれば、この地に作られてきた『山・川と、そこから見える『空の広がり』を残してゆくべきではないだろうか。
施設を沢山造り、一時的に金回りが良くなっても何の解決にもならない。
地球という全体を見て、我々の行為が正しい選択肢なのかを考えなければならない。
この町に限らず、私たちに残された『ふるさとの山と川』は、経済優先の物社会に利用されてゆくだろう。 今一度考えなければならない時ではないだろうか。
6/1/2008 山の学校 6月雨の6月1日、銀河の森と高原を歩く
久しぶりに、山の学校に来ました。
あいにくの雨模様でしたが、朝方は一時、雨が上ったので写真を撮ってきました。
水の月といわれる、水無月にふさわしい最初の日でした。
フォトアルバム、「雨の6月1日、銀河の森と高原を歩く」をご覧下さい。
初夏の高下岳登山
6月8日に高下岳を登って来ました。
久しぶりに晴れて、夏のような日差しでした。
フォトアルバム、「初夏の高下岳登山」をご覧下さい。
初夏の沢内銀河高原トレッキングをご案内します
開催ルート けんじワールド~鶯宿ダム~ホテル沢内銀河高原
歩行時間 約7時間(約20km)
期日 6月29日(日)
集合場所 けんじワールド
時間 午前8時45分
出発 午前9時
定員 20名
参加費 2500円(保険料・入浴料含)
申込締切 6月27日(金)
申込先 山の学校 沢内銀河高原 あそびの森
電話 0197-81-3232
※ 終了後、沢内銀河高原よりスタート地点までバスがでます 5/27/2008 つれづれな思いーパキスタン・フンザの旅(1996/8)
フンザの旅は私の憧れであった。4~5年前にテレビで紹介ざれたとき、その風景とそこに住む人々がとても印象的で、いつの日か訪れてみたい場所になっていた。
荒涼とした山間の中に広がるオアシスの町は桃源郷のようであり、私が思っていた通りの所であった。
それまでの地域と違い人々の姿が穏やかに見える。
声をかけてくる子供たちも、姿を見せる女性たちも同じ国の人々とは思えないほどやわらかな表情をしていた。
この地の出身者であるMr.ベイクからきいたところ、 富めるものはより多くのお金を差し出し、病めるもの、貧しきものはできる範囲で差し出し、アーガン基金として蓄え、そのお金を学校や病院などを建設する全体の福祉として利用しているとのことであった。
そのため、この地では税金を徴収していないとのことであった。
まるで宮沢賢治の言っているイーハトーブのようである。
フンザワインを囲んで
異国の地での旅のせいか飲めば飲むほど饒舌になる。僅か一週間ほどの旅なのに気心がふれあい沢山のことを語りあった。
ただひとりの人とさえ心を打ち解けあうには長い時を必要とするのに、僅かな時のなかで多くの人達と心が通じ合うことができた。
楽しいひと時でであった。
フンザの国の夜のひと時である。
旅は心を豊かにしてくれる
旅はそれだけでいろいろなことを語ってくれる
フンザの旅はそれをよく物語っていた
1996年8月記 5/26/2008 つれづれな思いーダッカ空港にて(2005/6/2)
午後5時、ダッカ空港に着く。
トランジットカウンターで手続きをし、すぐそばのファーストフードでビールと野菜入り揚げパンを頂く。店の人が積極的にセールスする姿を見て、10年前に比べ変化の大きさに驚く。空港が新しくなっただけでなく、人々も大きく変わっている。接点としての空港は、主義主張を伴う民族性、集団的共時性を排除して、様々な(多様な)民族性を受け入れて利用する人たちの共通性のみをシステム化してゆく。交流の原点がここにあった。
自国の考えを押し付けることなく、必要とする接点の中から生まれる共通性を交流の基本として点から線、線から面と広がってゆく。この自然の変化が争いの少ない融合を作ってゆくと考えられる。
しかし変化の早い現在の貨幣経済の動きは、科学的に見ると大きな熱エネルギーを伴った反応のようである。エネルギーの法則に当てはめると、片寄った大きなエネルギーは、もう一方の側には極めて小さなエネルギーしか残らない。つまり急激に大きな変化を求めた結果、資本の一部分が崩れ都市に集中し始める。そして残った僅かな資本を、大部分を占める世界で分け合わなければならない、ということである。
我々の現世界は素粒子のように不確定な世界でなく、時間、空間、運動など全てが相対的に存在している。片寄った状況は必ず崩れてゆく。その動きが突然生じるか、少しずつ崩れてゆくか分からないが、今の世界を見ると早すぎる。
人間が作り出した貨幣経済は、人間社会だけでなく地球に生きる全ての生き物まで取り込んでしまった。我々はほんとうに神の子なのだろうか?自然の理から生まれた生き物なのだろうか?
現世界の人間社会は自然の理を無視している。この状況を黙認するならば、我々は神の子ではない。「神」は、人間達が作り出した言葉の綾なのではないだろうか。自然の理を無視した人間達には「神」という言葉は要らない。「神」という言葉は、自然の理を理解し努力して生きている人々だけが唱えることが出来る。科学も宗教も自然の理を敬う心がなければ存在の意味を失う。そして混沌の世界をさ迷う。私には、そう見える。そう感じる。
この空港の中での変化が小さな点のように思えたが、今、こうして変化する私自身の思考を見て「存在と時間」を思い出す。つまり自ら存在を表明した時、既に存在していたのである。点と思えた変化は、すでに変化が終わり、その変化の一部が見えただけなのだ。
このままでは現世界は消滅してしまう。別な点を見つけよう。新たな変化が起こっていると信じて、すべての現象を注意深く観察しよう。
今、このように考えたことじたいが変化の兆しである。私の思考の変化の元である現象があるはずだ。見つけなければならない。私のような人が何人かいれば思考は必ず現象になる。
自然の理を忘れずに思考し行動しよう。そして未来の子供達につなげよう。
ダッカ空港ZIAにて 2005年6月2日 PM7:15 記 5/24/2008 つれづれな思いー憂鬱な日々の独り言(2002/6/29 の日記から)
便利な社会で
生きることに努力することを忘れると 虚しさにとらわれてしまう えも言われぬ不安で 生きがいを失う
努力しない生活は 刺激を求めようとする 刺激は快楽を求め さ迷う人を作り出す
刺激は理性を弱め 麻薬や性欲に導く
先進国といわれる社会に住む人達は 快楽という邪気と対峙しながら生きている
物の豊かな社会ほど 強い理性を必要とする
コンクリートの壁と便利な社会システムは 目に見えない失望と不安を与え 人と自然のつながりを断ち切り 人間本来の感性を奪ってしまう
理性を弱め感性を忘れてしまった人間達は 邪気に溢れる都会で 狂気の世界を作り出してしまう
そんな人間達に 自分達の行いが 間違っていると判断できない
そこに住む人間たちは 周りの世界が見えないのだから 見ようとしないのだから 理解できないのである
人と自然のつながりを保たなければ そして、理性と感性を整えなければ
やがて人は、失望と不安の深みへ落ちて全てを失ってしまう
5/22/2008 つれづれな思いー憂鬱な日々の独り言 (2002/6/28の日記から)
山にダムを作るという 大雨による災害を防ぐためである 取水のためである
都市には必要ないのだろうか?大雨による一時の流量は山の比較にならない。
狂気の地帯に住む人間達は 都市を創造するため 自然を破壊する
山など、限られた環境の中で精一杯生きている生き物達は、譲り合い、奪い合いながらバランスを保って生きている。私たちは、奪うことだけで生き物達と譲り合うことが出来ないのだろうか?
コンクリートとアスファルトで窒息する ヒートアイランド 人間達の都合で作り出した 狂気の世界 死の世界 快楽を求めて都市を創造する狂気の人間達
そして
都市は崩壊する
5/16/2008 五月晴れの盛岡市内連休明けから寒い日が続いていましたが、今日は快晴です。
五月晴れの盛岡市内を撮ってきました。
盛岡城跡公園では、中学生が写生会をしていました。
広場では、小学生が駆け足をして遊んでいました。
久しぶりに20℃を超えて暑かった。
こんな日は自転車が一番!
ちょっと川向こうまで足を延ばしました。
フォトアルバム、「五月晴れの盛岡市内」をご覧下さい。
5/15/2008 つれづれな思いー カトマンドゥにて
1993年の山旅人の日記から、ネパール・カトマンドゥでの事です
4月26日から待望の雨が降ってきた。幾分涼しい。昨日、一日中歩いたせいか右足の先が痛い。どうやら靴が合わないらしい。 サンセットビューで朝食を取りながら記録を整理し葉書を書いていたら、広島の小島正雄さんをアルジュンさんから紹介される。22歳のときに被爆された方である。メタセコイヤの木を持ってネパールへ植林に来ているという。
メタセコイヤは、中国で発見された奇跡の木といわれている。現在の石炭・石油の元になっており、かつて世界中に生息していたそうだ。戦後、アメリカが中国からカルフォルニアに持って帰り植林をしたところ成功し、現在、地球を守る木といわれている。小島さんは「二葉山を守る会」を主催しているほか「広 |